2015年12月1日火曜日

「父」という夢想

小さな手 桃色の肌
薄い肌に細い血管が 
浮き出て薄く
この子のいのちのたしかさを
小さな心臓から
体のすみずみに運ぶ

この子と山の小川に行って
沢蟹をとったり
蝉の声の残響を
岩肌に耳を当てて
感じたりだとか

そんな楽しいときを
一緒に過ごせるほど
この子が成長するまで
私はこの子と共に
生きていくことが
許されるだろうか

そもそもこの子は
本当に生まれてきて
私に元気な声を
聞かせたりするのだろうか

「母」となるべきものを持たない
そんな私の心持ちは
どんな代わりがあれば
愛情と呼ばれるのだろうか



2015年11月30日月曜日

会いだしもせぬ娘に

夜遅くにストーブがぼぉーっと鈍い音を立てている
私は静かに目を閉じる

娘に「今日のコロッケ、パサパサしてなかったか。」と聞くと
娘は「母さんとくらべないでよ。」と笑う

娘が出かけるときに、「送ろうか。」と言うと
娘は「そこまでだから歩く、いい。」と断る

娘の恋人ができたらしいことを妻から聞き
「会ったのか。」とすましてたずねてみる

妻が「きになるの?」と笑うと
黙って「んんん。」とうそぶく

娘が欲しかった、と思えば、
私がいるじゃないの、と妻が言い

お前はいるけど、お前じゃなくて、と言い返せば
私がいなければ何もできない子供のくせに、と言い返され

ふと、そんなことを、ストーブの赤いチラチラを見ながら
夜遅くに一人で考えたりする

私には娘も妻もいない
会い出しもせぬ娘に会ったとき
私は何を言うのだろう
そんなことをふと考えながら、
また赤いチラチラを見ながらぼんやりとする

ストーブが鈍い、ぼぉーっと言う音を立てている
私をけして、一人にしないように
私をけして、邪魔しないように

2015年11月23日月曜日

おもかげ

雨が振って来た
雨が降って来て
傘を持たず
急に着ていたシャツを頭に掲げて
急ぎもせず
凛と歩く
あの子は今頃何をしているんだろうか、とか
そういえばここをよく通ったっけ、とか
黙々と
目に映るものを
うそともほんとうとも受け止めず
流れて行くものを、ただそのままに
雨とともに身体にしみ込ませ
忍び込んだ怪しげな想いは
いつしか宙へと
浮かんで消えるような
ここにとどまるような
よくわからないもやもやが
頭に掲げた濡れたシャツから
湯気になって出て
ここはもう秋の中心軸から少しずれて
悲しくはないんだけれど
悲しくなくはないような
恋しくはないんだけれど
恋しくなくはないような
よくわからないけれど
雨に濡れて
傘も持たず
そんなことだけを思って

あ、あの子が通った

と、思ったりして

2015年11月7日土曜日

温もり

あなたのその美しい手
あなたの手のつやと輝き
あの澄んだ瞳に映った
憩いの原の銀のすすき
あそこでまぶしく揺れる銀のすすきに
包まれたあなたは
誰にたとうべきか、
いったい誰と紛うことか

あなたの真直ぐな心
あなたの心の温もりとささやき
あの、静かな怒りにふるえたような
コスモスの燃える原のあなた
あそこにて僕と語り合ったあなたの
美しい手の温もりを
僕はいかにして忘れようか
僕はなんとして忘れ得ようか

あなたのその美しい手の
僕にくれた、僕を包んだ
あの温かいぬくもり

[elegy: 大垣貴美ちゃんに捧ぐ]

もののあはれとあわれなモノと

もののあはれとあわれなモノと
 どっちを見てもあはれはあわれ

東に死に逝く人がいて、
 人はいずれは死に行くと、
西にて生にしがみつき
 私は生きて考える

あわれなモノはそこにあり、
もののあはれは、見え隠れ
世にあるあはれは浮いて消え
あわれなものも死に消える

消えるあはれを追い求め
人はあわれを好き愛でる
あはれなモノは消え行くと
惜しみ哀しみ、胸を病む

あわれなモノはそのあはれ
さらして孤であり、頑とする

あわれなモノは哀しまず
悲しみ誘ってそこにある

もののあはれを痛むとき
刺さるトゲにはトガはなく
トガなく刻むあわれみは
涙に代えて、モノ悼む

悼む哀しみ、つゆ消えず
消えぬあはれは、見え隠れ
浮いては消える悲しみは
あはれなモノに見えました

もののあはれとあわれなモノと
どちらを見てもあはれはあわれ

死にゆく人のあわれ見て
残る哀しみあわれな私

[elegy: 大垣貴美ちゃんに捧ぐ]

2015年11月3日火曜日

うそつきとビビり


あなたにこれをあげます
あ、やっぱこっちにします
いいえ、これのほうがいいです
いやいや、こっちですね
うーん、これってどうなんですかね
うんうん、いいですよね、これって
えっと、これはですね
ええ、これはかなりいいです
おお、これがいいですか
おれはこれがいいとはおもいません。

2015年10月12日月曜日

女のままで

母がキッチンで牛蒡を洗っていて
そこに妹がやってきた

妹は母の手を見て
死んだお姉ちゃんの手みたいにきれい
と、母に言った
母は妹を見もせずに
あの子も私も女だから
あんたも女になるのよ、と言った

姉は雨の日に川で流されて
きれいな白い顔で家に戻って来た

妹は姉の顔を見て
お母さんとおばあちゃんが目をつぶってるみたい
と、母に言った
母は祖母を見もせずに
私もおばあちゃんも女だから
あんたも女になるのよ、と言った

姉が死んだあと、母と父は仲が悪くなって
妹が二人をなんとなくつなげていた

妹は母の顔を見て
お姉ちゃんどうしてるかな
と、母に言った
母は今度は妹を見て
あんたも私もお姉ちゃんも女だから
あんたも女になるのよ、と言った

父が出掛けたのを見計らって
母はふいに妹を抱きしめた

妹は母の胸元で
お姉ちゃんどうしてるかな
と、母に言った
母は妹をきつく抱き寄せて
あんたはお姉ちゃんの分まで
女のままでいてやってね、と

静かに妹をきつく抱いて咽いだ